大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪高等裁判所 昭和45年(ネ)170号 判決

控訴人

村野徳太郎

右訴訟代理人

武藤達雄

外六名

被控訴人

大阪府

右代表者知事

黒田了一

右訴訟代理人

萩原潤三

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴人訴訟代理人は、「原判決を取消す。被控訴人は、原判決添付物件目録記載一の土地につき大阪法務局枚岡出張所昭和三七年四月四日受付第三一二〇号、同年三月二九日売買を原因としてなした所有権移転登記の抹消登記手続をせよ。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴人訴訟代理人は、主文同旨の判決を求めた。

〈以下省略〉

理由

次に附加訂正するほか、原判決理由記載と同一であるから、ここにこれを引用する。

原判決六枚目裏四行目の「一、」を削除し、同五行目の「いずれも成立に争のない甲第四号証」の前に「前出乙第一号証」を挿入し、同六行目の「第一二」を削除し、同一一行目の「証人北川辰造の証言」の前に「原当審」を、後に「当審証人東野幸一の証言」を各挿入し、同八枚目表七行目の「調印して」の次に「右内金を受領し」を挿入し、同七行目、八行目の「(但し、それが右北川辰造方で行われたかどうかは判然とし難い)」を削除し、同一〇行目の「原告本人尋問の結果」の次に「(原当審)」を挿入し、同一一行目から原判決末尾までを次のようにあらためる。

右認定の事実によれば、本件契約は河内市の市長、助役らが被控訴人を代理して控訴人との間に締結したものであることが認められるが、更に進んで右契約に控訴人主張の特約が付せられていることは、これを認めることができない。北川辰造らが控訴人の代替地取得に尽力したことは、被控訴人の新設高等学校敷地買収に協力する政治的尽力であると解するのが相当であり、これを以て右特約が付せられたことの根拠とすることができない。

したがつて、被控訴人が代替地を取得して控訴人に譲渡する旨の特約の成立を前提とする控訴人の主張は採用できない。

控訴人は、右契約書の調印は、その内容につき何らの説明を受けることなく(したがつて内容不知のまま)控訴人が提出した印鑑を河内市吏員が押印することによりなされ、控訴人は右印鑑提出に際し代替地の提供を条件とする旨言明したと主張するが(当審昭和四八年二月二七日付準備書面)、〈証拠〉によれば、右調印に際し河内市吏員から契約書(控訴人主張の特約が記載せられていない乙第一号証)の内容を説明していること、控訴人から何らの異議ないし条件提示もなかつたことが認められるから、控訴人の右主張は採用できない(もつとも右調印が控訴人提出の印鑑を河内市吏員が押捺することによりなされたものであることは、〈証拠〉により認められるが、このことが本件契約の効力を左右するものでないことはいうまでもない。)。

控訴人の再抗弁二(錯誤による無効)について。

前認定の本件契約締結までの経過によれば、控訴人は花園土地株式会社から代替地を取得することができるものと信じており、それが動機となつて本件契約の締結に応じたものであることが認められ、また、〈証拠〉によれば、控訴人は、本件契約締結後安田みきからその所有地を代替地として買受けるつもりで一旦花園土地株式会社との売買交渉を打切つたが、右安田からの買受けができなかつたので、再び花園株式会社との売買交渉を北川辰造に依頼し、同人において尽力したが、結局失敗に終つたことが認められる。

本件のように、甲が代替地を第三者から買受けることができると信じたために、甲所有のA土地を乙に売渡す契約を締結したところ、代替地を第三者から買受けることができなかつた場合、甲のA土地売渡の意思表示が民法九五条所定の要素の錯誤により無効となるためには、甲が代替地を買受けることができないのにできるという錯誤をしていることを、甲の意思表示当時、乙が知つていたかまたは知りうべきであつたことが必要である、と解するのが相当である。その理由は次のとおりである。動機の錯誤のうち、(1)効果意思の内容に属する事項に関する錯誤の場合、及び(2)効果意思の内容に属しない事項に関する錯誤のうち、相手方に関係のある事項に関する錯誤の場合、動機が明示ないし黙示に表示されると、その動機に錯誤のあることを知りうる可能性が相手方に与えられたことになる。しかし、(3)効果意思の内容に属しない事項に関する錯誤のうち、設例の動機の錯誤のように、相手方に関係のない事項に関する錯誤の場合、動機が明示ないし黙示に表示されても、それだけでは、その動機に錯誤のあることを知りうる可能性が与えられたことにならない。したがつて、設例の動機の錯誤の場合、動機の錯誤の認識可能性が必要であると解しないで、動機の表示だけで足りると解すると、相手方である乙に不測の損害を与えることになるからである。

本件において、控訴人が代替地を買受けることができないのにできるという錯誤をしていることを、控訴人の意思表示当時、被控訴人が知つていたかまたは知りうべきであつたことを認めるに足る証拠はない。

したがつて、控訴人の動機の錯誤による無効の主張は採用できない。

よつて、控訴人の本訴請求は理由がないから、これを棄却すべきであり、これと結論同旨の原判決は正当であるから、本件控訴を棄却し、民訴法九五条八九条を適用して主文のとおり判決する。

(小西勝 入江教夫 大久保敏雄)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例